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地獄のような場所

地獄のような場所

『タイム』誌の従軍記者の証言

負傷した兵士に水を飲ませる

負傷した兵士に水を飲ませる

『タイム』誌の従軍記者であるロバート・マーティン(通称「ペッパー」)は、ペリリュー島で海兵隊とともに上陸し、兵士と運命を共にすることを選んだ数少ない民間人の1人だ。

彼はそこでの様子を次のように描写している。

ペリリューは、地獄のような場所だった。

息苦しいほどの暑さで、雨はときどき降るものの、蒸し暑くて少しも涼しさをもたらさず、ただ苦しさがいっそう増すだけだった。

サンゴでできた岩が昼間に熱を吸い込むため、夜になってもほとんど涼しくならない。海兵隊員たちは体調万全で戦場に来たが、ペリリューではすっかり消耗していた。

4日目になるころには、負傷によるものと同じくらい、熱射病による死傷者が出た。

ペリリューは、犠牲の多さ、恐怖、気候、そして日本軍の理解しがたいほどの粘り強さの点で、グアムよりも比較にならないほど過酷だった。

純粋に戦闘の過酷さと疲労という点では、太平洋戦線でこれまでに見られたどの戦いよりも過酷だったと思う。

特に、投入された兵力の数と、島を制圧するまでに要した時間という観点から見ればそうである。

上陸2日目には、日陰でも気温は約40℃に達した。しかも戦闘が行われていた場所の多くには日陰がほとんどなく、風も吹いていなかった。その暑さは日が過ぎてもほとんど変わらず続き、気温は最高で46℃を記録した。

水の補給の問題

水の補給は、当初から深刻な問題であった。

この問題はあらかじめ予想されていたが、実際にはその解決は思っていたほど難しくなかった。工兵たちは、比較的低い地形であればほとんどどこでも有用な井戸を掘ることができるとすぐに気づいた。

また、海岸近くに常駐していた兵士たちは、砂に浅い穴を掘るだけでも、多少不快ではあるものの水が得られ、それをハリゾン錠で浄化すれば飲み水として利用できることがわかった。

それでもなお、攻撃部隊には、よく洗った石油ドラム缶や5ガロンの野戦用缶で水を運んで補給する必要があった。

ドラム缶の水を飲んだ兵士の多くが体調を崩す、果物やジュースを送る

残念ながら、ドラム缶を洗浄しても油を完全に取り除くことはできなかった。そのため、そのドラム缶の水を飲んだ兵士の多くが体調を崩した。

輸送船の艦長たちは、この事態と水不足を知ると、状況を少しでも改善するため、果物やジュースを急いで海岸へ送った。

比較的平坦で開けた地形で行動していた部隊でさえ、水の問題は悩みの種だった。尾根地帯での戦闘が始まると、移動するだけでも困難な地形のため、衰弱する兵士が急激に増加した。

その結果、沖合のすべての艦船に対して、利用可能な塩分タブレットをすべて第1海兵連隊に支給するよう、緊急の要請が出された。

衰弱や疲労で倒れた兵士の数が負傷者数と同じだったという言い方は、誤解を招きかねない。

衰弱や疲労で後送された兵士の大半は、1日か2日休養して回復すると任務に復帰した。したがって、彼らが前線を離れていたことは、部隊の戦闘力を永続的に低下させるものではなかった。

しかし、このように多数の衰弱者が出たことは、すでに過重労働をしていた医療部隊に、さらに大きな負担をかけた。

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